センスのある評判管理
金融機関がそのようにいうのは、サブプライム・ローンの借り手が借りた資金で住宅を購入した後も、その住宅の市場価格はどんどん値上がりし続けることを想定しているからである。
市場価格が上昇すれば、それだけ、その住宅を購入した借り手の担保力も上昇する。
担保力が十分にある借り手に対してはそれほど高い金利を要求する必要はない。
そこで、「お買い上げ物件の値上がり分を考慮すれば、次のご返済時にはもうプライムレートを適用申し上げられること請け合いです」ということになる。
この甘言に乗せられて、人々は住宅ローンを組み、住宅を買う。
こうして需要が増え続ける限り、住宅価格も値上がりし続ける。
ただし、このプロセスは決してサブプライム・ローンの貸し手がいうような終わりなき無限ループではない。
どこかで需要は頭打ちとなる。
ブームが続くことを当て込んで次々と作った新設住宅も、転売待機の既存物件も、次第に供給過剰気味となってくる。
そうなれば、住宅価格も頭打ちだ。
サブプライム・ローンの貸し手と借り手が想定したような値上がりは実現しない。
すると、借り手の担保力も思ったほどには上がらなく債権の証券化とはくして、彼らのローン返済負担は突如として想定外に重いものとなる。
住宅価格の値上がりで楽々とクリア出来たはずのローンが焦げつき、借り手はもとより、貸し手も債権回収不能に陥って大きなダメージを蒙る。
このように、サブプライム・ローンという金融商法は、ひとたび住宅価格が頭打ちになってしまえば、たちまち行き詰まる運命にあった。
そのような危うい商法に低所得者たちを巻き込んでいったことには、それ自体として確かに大きな問題があった。
だが、世界の金融機関たちを窮地に追い込み、金融市場を震憾させてきた問題はそれではない。
ことの本質は、サブプライム融資そのものにはない。
本質的な問題は、サブプライム融資に内在するリスクが証券化という手法によって世界中にばら撒かれていったことにある。
このばら撒き行為がなければ、サブプライム問題はまさしくアメリカに固有の地域限定問題に止まっていたはずである。
その意味で、この問題の本質を表現する言い方として「サブプライム問題」というのは不適切だ。
正しくは、「サブプライム・ローン証券化問題」なのである。
しからば、証券化とは何か。
まず、何を証券化するのかといえば、その対象は債権である。
カネを貸した相手に対する貸し手側の債務履行請求権だ。
要は請求書である。
債権の証券化とは、平たくいえば請求書の切り売りなのである。
証券化を活用する金融機関は、ツケで飲む客が多い飲み屋のようなものである。
なじみ客が増えるのは結構だ。
だが、ツケはあくまでもツケである。
請求書を現金代わりにして仕入れの代金を払うわけにはいかない。
店を拡張するための設備投資にも使えない。
しかも、請求書の山には必ず貸し倒れの危険がつきまとう。
そこで、飲み屋は一計を案ずる。
たまった請求書を切り分けたり束ねたりして、たくさんの福袋をつくるのである。
その福袋を町中の人々を相手に売りまくれば、飲み屋の手元には福袋代という形の現金収入が入ってくる。
同時に貸し倒れリスクも福袋の買い手に転化することが出来る。
請求書の山が突如として現金に化けるは、リスクは人に押しつけられるは。
これぞまさしく、金融錬金術だ。
このツケの福袋が、要するに債権の証券化商品である。
債権と証券の違いは、債権が基本的に転売出来ない性格のものであるのに対して、証券はそれが可能だというところにある。
債権が転売出来ないのは、それが貸し手と借り手の相対関係、つまり一対一の関係の下で成り立っているからである。
例えば銀行融資の場合、銀行は特定の貸付先に対して融資を行う。
銀行側で合併などがあったり、倒産が発生したりしない限り、この貸借関係の当事者が変わるということはない。
銀行Aから借金をしていたはずが、いつの間にか借金先が銀行Bに替っていたり、貸付先が企業Aから企業Bに替っているということは、原則として起こらない。
飲み屋とその得意客との関係と同様だ。
これに対して、証券の場合には貸借関係が相対ではない。
証券も、要は債務履行請求権だが、貸し手は基本的に不特定多数である。
株式や債券の場合を考えればいい。
市場で売り出される株や債券は、そもそも、誰が買ってくれるか解らないし、その後、誰の手に渡るかも解らない。
飲み屋の福袋作戦は、要するに手元にたくさん溜まった一対一の個別債権の金額を合算し、その総額を担保に不特定多数を相手とする証券を発行するというやり方なのである。
ただし、発行する証券の価値は全て一律ではない。
優良債権、つまり貸し倒れになる危険性が極めて低い請求書の束が担保となっている証券には、相対的に高価な値をつける。
値段が高めの福袋である。
これに対して、不良債権化の危険度が高い顧客向けの請求書、あるいは、同じ顧客が相手でも金額的に貸し倒れの恐れが大きい請求書ばかりが裏打ちとなっている証券については、当然ながら発行価格は低くなる。
お買い得だが、当たりはずれもあるタイプの福袋である。
このような形で発行される債権の証券化商品に、例えば債務担保証券がある。
債務弁済順位の高い債権を担保に発行される「シニア債」から、弁済順位が劣後する債権が裏打ちの「劣後債」まで、リスクの度合いに応じて福袋が用意される方式だ。
うまく出来たやり方である。
魔術の落とし穴ところが、よくよく考えてみれば、この魔術には大きな落とし穴がある。
二段構えの落とし穴だ。
まず第一に福袋の禍袋化問題がある。
福袋売りで現金収入が入って来るのはいい。
だが、福袋を買った町中の投資家たちが、中身の焦げつきで次々に大損を蒙っていけばどうなるか。
もちろん、彼らにとっての禍は甚大だ。
だが、そればかりではない。
福袋の買い手に対して、その購入資金を用立てた人々がいるかもしれない。
その人たちに対しても、不幸の2連鎖が波及する。
倒産が倒産を呼ぶ事態になるかもしれない。
そんな形で町中の住人たちが損失を蒙れば、誰も飲み屋に行くことなど出来なくなる。
結局は飲み屋も倒産だ。
さらに第二には、福袋売りをやる飲み屋が一軒だけならまだいい。
町中の飲み屋が全て同じ作戦に出たらどうなるか。
危険がいっぱいの証券化福袋がどれだけ出回っていて、どこで誰がそれを持っていて、そのうち、どれだけが実際に禍袋に転じているのか。
全く訳が解らなくなる。
自分は危険な福袋などに一切手を出していないという人も、取引先がこの問題で倒産したおかげで、突然、資金繰り難に陥るかもしれない。
こうなってくると、町全体が疑心暗鬼の渦と化す。
さしあたり難を逃れている人たちは、とばっちりを受けたくないから、念のため、誰にもカネを貸さないし、誰とも取引をしなくなる。
その結果、福袋問題とは全く無縁の企業の商売も行き詰まることになりかねない。
かくして、この町の経済活動は完全なマヒ状態に陥る。
一軒の飲み屋が証券化福袋作戦に着手したばかりに、このような悪夢にみんなが巻き込まれてしまうのである。
これが、サブプライム問題が世界に波及した経緯である。
サブプライム・ローン証券化商品を購入した投資家たちは、ある日、突然、福袋の中身の焦げつきに直面した。
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